採用管理はExcelで、顧客情報も別のExcel、在庫は手書きの台帳——そんな状態が続いている会社は珍しくありません。「本当はちゃんとしたシステムが欲しいけど、開発費はかけられない」というジレンマに、Microsoftが一つの答えを出してきました。自然言語で業務データベースを設計できる機能が、Microsoft Dataverseに追加される予定です。この記事では、その機能が中小企業の現場でどう使えそうなのか、実際に想定されるプロンプト例も含めて整理します。
そもそもDataverseとは何か

Microsoft Dataverse(データバース)は、Microsoftが提供するクラウド上のデータ管理基盤です。平たく言えば、Excelよりしっかりしていて、Accessより扱いやすいデータベースです。Power AppsやPower Automateと連携しており、Microsoft 365の法人向けプランに含まれているため、すでにMicrosoft 365を使っている会社であれば追加費用なしで使えるケースがあります(プランによって異なるため後述します)。
これまでDataverseでデータベースを作るには、「テーブル」(Excelでいうシート)の構造をGUI上で一つ一つ設定するか、開発者がコードを書く必要がありました。テーブル同士の関係(たとえば「候補者は複数の求人に応募できる」という多対多の関係)を設計するには、データベースの基礎知識が必要で、担当者が自分で触るには少しハードルがありました。
自然言語でテーブルが設計できるようになる
今回Microsoftがロードマップに掲載した機能は、AIコーディングエージェントがDataverseのテーブル設計を自然言語の指示だけで行えるようにするものです。AIコーディングエージェントとは、プログラムを書くことに特化したAIアシスタントのことで、開発者が書くようなコードを代わりに生成・実行してくれます。これをDataverseの操作に使えるようにしたのが今回の追加機能です。
Microsoftが公開しているデモの例が具体的でわかりやすいので紹介します。「建設会社の採用システムを作りたい。求人ポジション、候補者、面接官、面接記録、フィードバックのテーブルが必要で、候補者と求人の間は多対多の関係、面接記録は連鎖参照も必要。サンプルデータも入れて、今どの候補者が選考中か見せて」——この一文を入力するだけで、AIがテーブルの設計、関係性の定義、サンプルデータの投入まで実行するという内容です。
人事や総務の担当者が、データベース設計の専門知識なしに「こういう管理がしたい」と書くだけでシステムの骨格ができあがる、というのがポイントです。これはExcel管理からの脱却を考えている会社にとって、開発会社に発注するよりはるかに低いコストで試せる選択肢になりえます。
中小企業の現場で使えるか——業務別プロンプト例
Excelで代用している業務管理として、中小企業の現場でよく挙がるのが「採用管理」「顧客管理」「在庫管理」「勤怠・シフト管理」の4つです。それぞれDataverseで試すとしたら、どんな自然言語プロンプトが使えそうかを考えてみました。実際の出力はプランや環境によって異なりますが、指示の書き方の参考として見てください。
| 業務 | プロンプト例 |
|---|---|
| 採用管理 | 「従業員30人の製造業向けの採用管理システムを作って。求人票、応募者、選考ステップ、面接担当者のテーブルが必要。応募者一人が複数の求人に応募できる関係で、選考ステップごとにステータスを更新できるようにして」 |
| 顧客管理 | 「地元の工務店向けに顧客と工事案件を管理したい。顧客テーブル、案件テーブル、見積もりテーブルを作って。一人の顧客が複数の案件を持てる構造で、案件ごとに担当者と進捗ステータスを持たせて」 |
| 在庫管理 | 「食品卸の在庫管理システムを作って。商品マスタ、倉庫ロケーション、入出庫記録のテーブルが必要。商品ごとに現在庫数を計算できるようにして、サンプルデータも5件ずつ入れて」 |
| シフト管理 | 「飲食店のシフト管理をしたい。スタッフ、シフト枠、希望休のテーブルを作って。スタッフは複数のシフト枠に入れる関係で、希望休申請のステータス管理もできるようにして」 |
この表で注目してほしいのは、プロンプトの構造です。「業種」「管理したいもの(エンティティ)」「関係性」「必要な属性」を文章に含めるだけで、AIが設計を推測してくれます。データベース設計を学んだことがなくても、「うちは顧客一人に案件が複数ある」という業務の実態を言葉にするだけで済むわけです。
どのプランで使えるのか、費用の目安
気になるのはコストです。DataverseはMicrosoft 365の全プランで使えるわけではなく、主にPower Platform(Power Apps・Power Automateが含まれるサービス群)のライセンスが必要になります。
現時点での目安として、Power Apps Premiumプランは1ユーザーあたり月額2,246円前後(税抜)です。ただし、Microsoft 365 Business PremiumやE3などの上位プランではDataverseの基本的な利用が含まれているケースもあります。自社のMicrosoft 365契約がどのプランかを管理者に確認するのが最初のステップです。
また、今回のAIコーディングエージェント機能はロードマップに掲載された段階であり、提供開始時期や対象プランはまだ確定情報ではありません。現時点では「近日中に展開される予定」という段階のため、今すぐ全社展開を決めるのではなく、まず自社プランでDataverse自体が使えるかどうかを確認する段階が先です。
なお、Dataverseを使ったシステムを本番運用する場合は、データ容量やAPI呼び出し数に上限があるため、利用規模が広がった時点で改めてプランを見直す必要があります。ChatGPTの使い方ガイドでも触れているように、AIツールはまず小さく試してから判断するのが失敗しにくいやり方です。
ExcelからDataverseに移すと何が変わるか
従業員25人の人材紹介会社を例に考えてみます。今は採用支援先の企業情報、求職者情報、マッチング状況の3種類をそれぞれExcelで管理していて、担当者が手動でファイルを更新しています。これをDataverseに移すと、まずデータの「つながり」が自動で管理されます。ある求職者が3社の選考を同時進行している場合、Excelでは3つのファイルを横断しないと全体像が見えませんが、Dataverseではテーブル間のリレーションが設定されているため、その求職者を開くだけで全案件の状況が一画面に出てきます。
さらに、Power Appsと組み合わせれば担当者がスマホから更新できる画面を作れます。Power Automateと組み合わせれば「選考が次のステップに進んだら担当者にTeamsで通知する」といった自動化も加えられます。これらはすべてノーコード(プログラムを書かない)で設定できる範囲の話です。Dataverseは単独で使うものではなく、Power Platformというエコシステムの土台として機能するため、最初に設計したデータ構造が後から業務アプリや自動化の基盤になっていきます。
プロンプトの書き方ガイドでも解説しているように、AIへの指示は「何を管理したいか」「誰が使うか」「どんな状態を見たいか」を具体的に書くほど精度が上がります。Dataverseのテーブル設計プロンプトも同じで、業種や社名を入れて「うちの会社の話」として書いたほうが、汎用的な指示より意図に近い設計になります。
Excelのままでいい場合、Dataverseを試す価値がある場合
Dataverseが向いているのは、複数の担当者が同じデータを更新する業務、テーブル間のつながりが複雑な業務、将来的にアプリや自動化を追加したい業務です。反対に、自分一人が使う集計表や、月に一度しか更新しない報告書のような用途はExcelで十分です。
また、既存のExcelデータをDataverseに移行する際は、列名の整理やデータ型の統一作業が発生します。100行程度のシンプルなデータなら半日の作業で移行できますが、数年分の複雑なExcelになると整理に時間がかかります。「移行コスト」も判断材料に入れておくと、導入後に後悔しにくくなります。
まとめ
DataverseのAIコーディングエージェント機能は、データベース設計の専門知識を持たない担当者でも「こういう管理がしたい」を言葉にするだけで業務システムの骨格を作れる可能性を持っています。開発会社に発注するコストをかけずに試せる点は、予算の限られた中小企業にとって現実的な選択肢です。ただし機能の提供開始時期はまだ未確定であり、どのプランで利用できるかも確認が必要です。まず自社のMicrosoft 365管理者にDataverseが使えるプランかどうかを聞いてみることが、最初の一手になります。導入の可否や社内への展開方法で迷うようであれば、具体的な業務フローを整理したうえでAI活用の相談窓口を利用するのも一つの手です。


