英国で何が起きているのか

2026年、Google DeepMindと英国政府が共同で、都市計画の許認可審査(planning assessment)にAIを導入するプロジェクトを進めている。対象は店舗の改装申請から住宅開発の審査まで、地方自治体が担う膨大な書類審査業務だ。審査担当者がAIを使って申請書類を読み込み、法令要件との照合を自動化することで、数週間から数カ月かかっていた審査期間を大幅に短縮しようという取り組みで、英国政府の経済成長戦略のひとつとして位置づけられている。
ここで注目したいのは、AIが「申請を自動で承認する」のではないという点だ。人間の審査担当者が最終判断を下す構造はそのままに、「書類を読んで要件を確認する」という時間のかかる作業をAIがサポートする形になっている。いわば、審査担当者の調査作業を補助するアシスタントとして機能させる設計だ。この「人間が判断し、AIが作業を担う」というモデルは、後述するように日本の中小企業でも応用できる考え方になる。
許認可申請の「待ち」は、中小企業にとって経営課題になりえる
日本の中小企業が新規出店や建築工事、飲食店の開業などを計画するとき、避けて通れないのが各種許認可申請だ。建築確認申請、飲食店の営業許可、風俗営業許可、消防設備の届け出——業態によっては5種類以上の申請を並行して進める必要があり、自治体によって書式や添付書類の要件が異なることも多い。
中小企業庁の調査(2023年度)によると、許認可・届け出手続きに対応する社内工数について、従業員50人未満の企業の約4割が「月5時間以上を費やしている」と回答している。さらに、申請から許可が下りるまでの待機期間中は工事や営業の着手ができないため、事業計画のスケジュールそのものが後ろ倒しになるリスクがある。10店舗を同時展開しようとしている飲食チェーンであれば、許認可の遅れが数百万円規模の機会損失につながることも珍しくない。英国でAI活用が「経済成長策」と位置づけられているのは、こうした行政手続きの遅延コストが積み重なると、国全体の経済活動を鈍化させるからだ。日本でも同じ構造の問題が存在している。
日本の自治体ではどこまで進んでいるか
英国の取り組みを聞いて「日本では関係ない話では」と感じた人もいるかもしれないが、国内でもすでにいくつかの動きが出ている。建築確認申請については、2025年から指定確認検査機関を中心にAIを使った書類チェックの試験運用が始まっており、図面の不備検出や法令適合チェックの一部自動化が進んでいる。大阪市や横浜市では、飲食店の営業許可申請をオンラインで完結できる仕組みの整備が進んでおり、申請書類のフォーマット確認をシステムが自動で行う機能が追加されている。
ただし、国内の行政AI活用はまだ自治体ごとにばらつきが大きい。同じ都道府県内でも、隣の市では完全に紙対応という状況は珍しくない。この段階で中小企業側が期待できる変化は、「行政が変わるのを待つ」というよりも、「自社の申請準備業務にAIを入れる」ことの方が現実的だ。
中小企業が今すぐ手を付けられる申請業務へのAI活用
行政側のシステムが変わるのを待たなくても、申請業務の一部にAIを取り込む余地はある。現時点で実用性が高いのは、書類作成と要件確認の2つの場面だ。
書類作成の面では、たとえば建設会社の現場担当が工事届の説明文や申請理由書を書く作業にChatGPT(OpenAIが提供する対話型AIサービス)を使うと、叩き台を10分ほどで作れる。プロンプトの書き方で「自治体名」「工事の概要」「近隣への配慮事項」を入力フォームのように指定すれば、担当者が毎回ゼロから文章を考える手間を省ける。最終的には担当者が内容を確認・修正する必要があるが、作業時間は半分以下になることが多い。
要件確認の面では、自治体のウェブサイトに掲載されている許可基準や添付書類一覧をAIに読み込ませ、「うちの申請内容で不備がないか確認して」と聞く使い方がある。完全な正確性は保証できないので最終確認は担当窓口に行う前提だが、窓口に行く前の自己チェックとして使うと、書類の出し直しによる往復を減らせる可能性がある。
以下は、中小企業が申請業務でAIを活用できる場面を整理したものだ。
| 業務フェーズ | 具体的な作業 | AIで対応できる範囲 | 人間が担う部分 |
|---|---|---|---|
| 申請前準備 | 必要書類の洗い出し | 自治体HPをもとに一覧化 | 最新版の確認・窓口問い合わせ |
| 書類作成 | 申請理由書・説明文の作成 | 叩き台の生成 | 事実確認・修正・署名 |
| チェック | 法令要件との照合 | 基本要件の自己チェック補助 | 最終判断・窓口確認 |
| 進捗管理 | 複数申請の期限管理 | リマインド・一覧作成 | 担当者への連絡・調整 |
この表を見ると分かるように、AIが対応できるのは「調べる・書く・整理する」という作業の部分だ。判断や確認の最終責任は人間が持つ構造は、英国政府のプロジェクトと変わらない。
「行政手続きが楽になる」に乗り遅れないために
英国のプロジェクトが示しているのは、行政手続きのAI化が「技術的に面白い話」ではなく「経済政策として実装される段階に入った」ということだ。日本でも同じ流れは来る。問題はそのタイミングが読みにくいことで、一部の自治体では既に動いているのに、多くの中小企業がその変化に気づいていない状態が続いている。
飲食店を15店舗展開している会社の総務担当者を想像してほしい。新店舗のたびに、保健所への営業許可申請、消防署への防火管理者届け、自治体への看板設置届けを繰り返している。書類の形式が店舗ごとに微妙に違い、毎回前回の申請書を引っ張り出してゼロから直す作業が発生している。こういった繰り返し作業こそ、テンプレート化とAI活用が効く場面だ。ChatGPTの基本的な使い方を押さえておくだけで、書類の叩き台作成や情報整理にすぐ使い始められる。
行政のシステムが変わるのを待つより、自社の申請準備プロセスを今から整理しておく方が、変化が来たときに乗り換えやすい。業務フローのどこに「書く・調べる・整理する」という作業が集中しているかを把握しておくことが、次の一手につながる。
何から始めるか
具体的にどの申請業務から手を付けるかを決める前に、自社で「年間何件の許認可申請が発生しているか」を数えてみることを勧めたい。件数が把握できると、どの書類が繰り返し使われているかが見えてくる。繰り返しが多い書類ほど、テンプレート化とAI活用のリターンが大きい。件数が年間5件以下であれば、まずは申請書の叩き台をAIで作る練習から始めるだけで十分だ。年間20件を超えるなら、書類管理と期限管理を含めた業務フロー全体の見直しを検討する価値がある。
英国政府が行政審査のAI化に踏み込んだのは、審査期間の長さが事業者の投資判断を鈍らせているという現場の声があったからだ。日本でも同じ声は上がっており、制度側の変化は遅くとも着実に動いている。その変化が自社の申請業務にどう届くかを、今のうちに考えておく余地がある。
許認可申請のAI活用について社内で検討したいが何から手を付けていいか分からないという場合は、AI導入の相談窓口を使うのも選択肢のひとつだ。


