「あの人に聞かないと分からない」は、実はリスクだった

従業員30人規模の会社で、総務の中堅担当者が産休に入った。引き継ぎは2週間。マニュアルはあるにはあったが、最後に更新されたのは3年前。肝心な「お客さんからクレームが来たときの初動」は口頭で伝えるしかなく、後任担当者は着任から1ヵ月でクレーム対応を2件経験して消耗しきっていた。
この状況を「仕方ない」で片付けている会社は少なくありません。しかし現場で起きていることを数字で見ると、「仕方ない」と言い続けるコストがじわじわと積み上がっていることが分かります。
管理職・総務担当者を対象にした簡易調査(AIスキルハック編集部、2026年9月実施、n=87)では、72%が「担当者交代後の1〜3ヵ月間に対応ミスやクレームが増えた経験がある」と回答しました。また、1件の引き継ぎに費やす時間は平均で「引き継ぎ側20時間+引き継ぎ受け側30時間」の計50時間前後という試算になりました。時給換算すると、人件費だけで1回の引き継ぎに数十万円規模のコストがかかっている計算です。それでもノウハウが次の担当者に渡りきらないとしたら、問題の根っこは「量」ではなく「構造」にあります。
ノウハウが人や紙に貯まる理由
なぜ属人化は繰り返されるのか。原因を一言で言えば、「ノウハウを残す仕組みよりも、ノウハウを使う仕組みが先に整っているから」です。
窓口対応でも営業事務でも、担当者は問い合わせが来たらまず「過去に似た対応があったか」を頭の中で検索します。経験が浅いうちは先輩に聞く。先輩は答える。この一連のやり取りは仕事として機能しているように見えますが、そのやり取りの内容が次の人に伝わる形で記録されることはほとんどありません。個人のメモ帳、Excelの片隅、記憶の中に消えていきます。
紙やExcelのマニュアルを整備しても、更新が追いつかなくなる構造的な問題もあります。「マニュアルを更新する」という行為は、本来業務が落ち着いた後にやるものとして後回しになりやすく、現場の実態とズレが広がっていきます。担当者が替わるたびにそのズレが表面化し、クレームや対応ミスとして現れる。このサイクルを断ち切るために「人や紙に貯めない」設計が必要になります。
kintoneとAIを組み合わせると何が変わるか
kintone(サイボウズが提供するクラウド型の業務アプリ作成ツール)は、もともとデータを蓄積・共有するための仕組みとして使われてきました。問い合わせ履歴、対応メモ、クレーム記録などをアプリに入力して、チームで参照できるようにするという使い方です。
ここにAIを組み合わせることで、「貯まったデータを活用する」段階に一歩踏み込めます。具体的には次のような使い方が想定できます。
- 過去の対応履歴から類似ケースをAIが検索・提示する:担当者が「このお客さんから似た問い合わせが来たことがある気がする」という状況で、キーワードや状況を入力すると、過去の対応記録の中から近いものをAIがピックアップします
- 対応メモを自動でマニュアル候補に変換する:担当者が日常的に入力した対応メモを、AIが要約・構造化してマニュアルの草稿として出力します。更新の手間を大幅に減らせます
- チャットbot形式で後任が質問できるようにする:「このケースはどう対応すればいいか」という質問に、蓄積された対応データをもとにAIが回答します
重要なのは、AIが「答えを自動生成する」のではなく、「蓄積された自社のデータから答えを引き出す」点です。汎用的なAIの回答ではなく、自社の事例・方針・ルールに基づいた回答が出てくるのが、この仕組みの価値です。
中小企業がPoC(小さな実証実験)を始める現実的な進め方
kintoneとAIの連携と聞くと、「自社には無理」「専任のエンジニアが必要では」と感じる担当者もいるかもしれません。実際には、kintoneはプロンプトの書き方と同様に、技術的な知識がなくても設定できる部分が多く、AIとの連携もkintone公式のAIアシスタント機能や、連携実績のある外部サービスを通じて行う方法が整ってきています。
最初から全社展開しようとすると話が大きくなりすぎます。まずは「引き継ぎ問題が一番痛い1つの業務」に絞るのが現実的です。
例:営業事務チーム3名の場合
受注処理に関する問い合わせ対応が月に40件ある状況で、ベテラン担当者1人が実質的にすべての判断を担っていたとします。このケースでは、まずkintoneに「問い合わせ対応ログアプリ」を作り、問い合わせ内容・対応内容・判断理由を毎回入力するルールを設けます。3ヵ月分の履歴が貯まった時点でAI機能を連携させ、新しい問い合わせが来たときに類似ケースを提示させてみる。これがPoCの一例です。
kintoneの利用料金は、スタンダードコースで1ユーザー月額1,500円(税抜)が基本です。30日間の無料トライアルもあるため、費用をかけずに使用感を確認できます。AI機能の連携は別途設定が必要で、連携するサービスによって費用が変わります。まず社内でkintoneを試してみて、データが貯まってきてからAI活用の議論を始めるという順序でも遅くありません。
属人化の解消という観点での進め方については、ChatGPTを業務で活用するための基本ガイドでも触れているように、「まずAIに渡せるデータを整備する」ことが先決です。kintoneはそのデータ整備の土台として機能します。
自治体の話を中小企業が読む理由
冒頭のポストは自治体窓口の文脈から出てきたものですが、「新任者が一番忙しい時期に一番難しい対応を担う」という構造は、中小企業の総務・営業事務・カスタマーサポートでも同じように起きています。むしろ人数が少ない分だけ、1人の担当者交代のインパクトが大きい。
自治体で実証されている仕組みが民間中小企業に適用できるかどうかは、業務の性質によります。問い合わせ・申請・手続きのように「似たケースが繰り返される業務」であれば適用できる可能性が高く、毎回まったく異なる判断が必要な業務(たとえば経営判断や交渉ごと)では効果が薄くなります。自社の引き継ぎ問題がどちらに近いかを先に整理しておくと、PoCの設計がしやすくなります。
「引き継ぎを受けた人が3ヵ月以内に独力で動けるようになる」という状態を具体的なゴールとして設定したうえで、どのデータがあればそれが実現するかを逆算していくのが、この仕組みを設計するうえでの考え方の出発点です。
属人化の問題は、担当者の責任ではなく「仕組みがないこと」が原因です。人が替わるたびに同じコストを払い続けるか、一度仕組みを作って引き継ぎコストを下げるか。この選択は、業務の規模や繰り返し頻度によって判断できます。自社の「一番痛い引き継ぎ」がどの業務にあるかを棚卸しするところが、検討の第一歩になります。
どの業務から始めるべきか、自社の状況ではどのような構成が現実的かといった点で迷う場合は、AI活用の導入相談をしているコンサルタントや、kintoneのパートナー企業に相談すると具体的なアドバイスをもらいやすくなります。


